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April 2019

  • 【まさに天界】蛇口から焼酎が無限に出て来る居酒屋が最高過ぎた! ビールも100円ってマジかよぉぉぉぉぉ~!! 大阪『海援隊沖縄 肝(ちむ)どん』

    何ごとも限りがあるから美しい──のかもしれない。しかし、そんな奇麗ごとを言っちゃいられない事案が発生した。なんと、焼酎が無限に出て来る魔法のような蛇口が存在するらしい。しかも聞いて驚け! 飲み放題なんだぞっ!!  なんとも素敵な蛇口を設置しているのは、大阪の居酒屋『海援隊沖縄 肝(ちむ)どん』だ。聞くところによると、ビールも100円だと言うではないか……。なんなの? 私をどうしたいの? 訳がわからないので、取り急ぎ実地検証してみることにした。 ・ナチュラルに設置された蛇口焼酎 『海援隊沖縄 肝どん(ちむどん)』では、その名の通り沖縄料理などをメインに提供している。大阪内に6店舗あるが、今回記者は難波店にお邪魔した。店頭の看板やのぼりにデカデカと「ビールは100円 オールタイムこの価格」と書かれており、それだけで “アタリ” な店であることがわかる。 店に入るとまず、目に入るのがカウンターに設置された蛇口だ。あまりにナチュラルなため、一瞬見逃しそうになるが、これが恐らく焼酎が出て来るという夢のような蛇口だろう。はやる気持ちを抑えるために、まずはオリオンビール(税別100円)を注文。ちなみに、チャージは300円だった。 ・ついつい飲み過ぎちゃうので注意 少し落ち着いたところで “ミミガーコーレーグスー(390円)” や “ゴーヤチャンプルー(490円)” などをツマむ。さあ、いよいよ、蛇口焼酎(600円)を注文だ。店員さんに頼むと、すぐさま氷や水など “焼酎セット” を用意してくれた。もしかしたら、店員さんは内心「え? 一人で飲むの?」と思ったかもしれないが……。 とにかく、あとは自由に蛇口をひねれば簡単。無限に焼酎が出て来るぅぅぅぅ~! これは何と言うか……危険なやつだ!! ついつい飲み過ぎてしまうやつだ。みんな、ペースを考えて飲もうな。とにもかくにも、このような夢のような蛇口がこの世に存在することは事実であった。 View this post on Instagram 焼酎が無限に出続ける魔法の蛇口だぞ♡ A post shared by Kinoshita_Masami (@masami_1010) on Apr…

  • 生きること=「居る」のはつらいか? ぼくが精神科医療の現場から、ブックカフェを立ち上げるに至ったワケ

      居るのはつらいか━━。   「呼吸して生きていくのはとてつもなく苦しいのに、息を止め続けるのも苦しい」 今年の4月にTwitterで出会ったことばである。 息をすること、生きること、…「居る」のは、(ときどきひどく)つらい。   幼稚園教諭と保育士を養成する専門学校での7年間の勤務の後、ぼくは精神科医療の現場に戻ろうとしていた。 喜び勇んで戻った現場、医療法人が経営する就労移行支援事業所と週に一回の精神科デイケア、そしてクリニックで、ぼくは浮いていた。 「患者が、利用者が、好きだ」と言ったら「あなた、それはちょっとおかしいわね」と看護師長に言われた。様々な原因はあるのだろうが、理解者も見つけられず孤立無援な心境で、居るのがとてもつらかった。結局がまんできずに半年で仕事を辞めて、就職活動を始めたけれどもうまくいかなかった。 求人を漁り、応募し結果を待つ間も妻に頼りきりで、無職であるのにもかかわらず家のことも十分にせず「ただ、いる、だけ」の時間がつらかったので、わずかばかりの家事をしながら考えていた。 何かできることをやろう。 元々ひどい飽き性で、「継続は力なり」が真であれば、ぼくは全くの無力だった。 それでも「これまでかろうじて続いてきたものなら、できるかもしれない」と考えたとき、「本」と「珈琲」はずっと好きであることを思い出した。 そして精神医療の現場で培った、ひとと関わる知識や技術、そして経験だけはぼくのなかで唯一とも言える職能だった。 イメージは湧いていた。公園などでただぼんやりと「存在」しながら、採用面接の結果と、ときどき来る可能性のあるお客様を待つことのできる空間。そこに居る限り、無為に見えても収入を得る機会のある場所。無理なく存在できる、自由の隠れ家。 そうして「本」と「珈琲」と「対人援助」を組み合わせて出来たのが、“(おそらく世界で初めての)メンタル系移動ブックカフェ”だった。 「居る」を脅かす声と、「居る」を守ろうとする声をめぐる物語  京都大学を卒業した心理学博士である東畑開人さんが書いた『居るのはつらいよ ケアとセラピーについての覚書』は、題名の通り「居る」ことについて、「ケア」と「セラピー」という文脈から考察した本である。   「それでいいのか? それ、なんか、意味あるのか?」   答えることができない問いを前に、僕は答えることを諦める。 「わからない、居るのはつらいよ」 だけど、声は問いかけることを止めない。   「それでいいのか? それ、なんか、意味あるのか?」   そう、この本は「居る」を脅かす声と、「居る」を守ろうとする声をめぐる物語だ。 「京大ハカセ」・東畑さんが、学部に4年、大学院に5年という学究生活の末、「カウンセリングがメインの業務」である(それなりに)高給の常勤職を追い求め辿り着いた、沖縄の精神科デイケアというふしぎの国。名前を奪われ「トンちゃん」となった東畑さんは、何気なく「ただ、いる、だけ」を要請されたことへの戸惑いを発端に、「ケア」と「セラピー」について、そして精神科臨床における「居場所」を脅かす「黒幕」・「真犯人」について考察し始める。   ケア ↔ セラピー…