100通りの悲しみを想像し、100通りの嬉しさを共有する。恋愛を諦める前に考えたいこと

若者の「恋愛離れ」が進んでいるといわれている。

スマホがあれば、いくらでも暇つぶしができるし、性愛への関心も簡単に満たせる。お金や時間を使ってわざわざ恋をして、無駄に傷つくのも嫌だ。そう思う男女が増えているのだろう……。

「月9」を見て、恋愛のイロハを学ぶわけでもないこの時代、そもそもどんな恋愛をすればいいのかもわからないのが、本音ではないだろうか。

恋って何?楽しいの?ーー歌舞伎町のカリスマホスト、手塚マキさんに「大人の恋愛」を描いた小説を片手に、語ってもらった。

幸せな、隣のカップルの会話

レストランでご飯を食べていたら、となりの席で男女が「ブラームスのヴァイオリン協奏曲の、あの指揮者がタクトをふっていた」「何年のどこどこで演奏されたバージョンが最高だよね」と話している。

高いテンションで「そうそう!」「巨匠の演出が…!」と言って盛り上がったりして。そんな場面に出くわしたら、ちょっと笑っちゃいますよね。なんだか恥ずかしいようにも見えるし、でも、どこか「うらやましい」感じもあります。

知識や教養を通して、人が急接近している感じって、僕すごく好きなんです。アートや音楽、映画の話で相手の中に共通点を見つけて「運命の相手だ」って感じちゃったりする。

一見、陳腐に聞こえるけど、愛とか恋とかの本質って結構ここにあると思うんです。そんな考えを再確認する本に出会いました。

「家庭的な愛」より「インテリ愛」

芥川賞作家の平野啓一郎さんが書いた、アラフォーの男女の切ない恋愛を描いた小説「マチネの終わりに」。青と黄色がにじみ合う表紙が幻想的です。

世界的な映画監督の娘であり、フランスの通信社でジャーナリストとして働く、バリキャリの洋子。

自ら手をあげて、危険なイラクを取材して仕事に打ち込んでいる。その一方で、家族思いで優しいアメリカ人の恋人・リチャードと婚約していました。

そんな洋子が、天才ギタリスト・蒔野と出会い、急速に惹かれてしまう。

家庭的なリチャードと、インテリの蒔野。

ハードな仕事の真逆にある、リチャードとの「家庭的」な”オフモード”の安らぎこそが幸せだと思っていた洋子。ところが、仕事への情熱や教養をぶつけ合う、蒔野との”オンモード”の「インテリ愛」に、ときめきを感じ、幸せが揺らぐんです。

洋子は迷っていますが、僕は言ってあげたいですね。迷わず蒔野を選べと。

Couple reading in bed

マネージャー的な妻

むかしの男女は、「家庭的な愛」で繋がっていたことが多い気がします。僕の実家でも、外で働いていた父は、家に戻っても仕事の話をしなかったし、母はそれを聞かない。映画や本の話を二人がしているのは、あまり見たことがありません。父親として、母親として、それぞれの役割にこだわる「役割分担」の愛だったんです。

小説「マチネの終わりに」では、こういう愛を信じる人がリチャードの他にもう一人います。蒔野が好きで、洋子をライバルだと思っている早苗ですね。男性をひたすら支えて繋がる、マネージャー的な愛というか。

昨年末、僕の父は亡くなったのですが、母は今もボーっとしています。母なりのやり方で愛を貫いていたんでしょう。

僕らの親の世代はこれで良かったと思う。でも今って、恋愛のかたちも、家族のかたちも、何でもアリじゃないですか。役割を演じていたら幸せが約束されるという時代じゃない。もしかしたら、今の若い人は、親世代や、ちょっと上の人たちのこうした愛を見ていて、「恋人」や「妻」っていう役割に、自分を当てはめたくないと思うのかもしれませんね。

「インテリ愛」って嫌味でもある。

僕は蒔野や洋子のような教養とは縁がなくて、埼玉の田舎で生まれ育って、高校時代はラグビーばかり。

なので、東京・歌舞伎町で若くしてホストとして売れたあとは、「洗練された東京」に近づきたくて、身の丈に合わないほどの美味しいモノを食べて、お金持ちの人と触れ合って何かを学ぼうとしました。

歌舞伎町って、お酒の味には無頓着なところがあるため、それに舌が慣れるのはまずいと思って、みんなで勉強してソムリエの資格も取りました。

それでも、子供の頃から、教養に触れさせてもらって育った「生まれつきのインテリ」には絶対かなわないんですよね。だからどうしても洋子や蒔野を見ると、ちょっと「嫌な感じ」で見てしまう。

感情が広がる感じ。

でも、この本を読んで「負け犬の遠吠え」はやめようと思いました(笑)。

だって、蒔野と洋子を見ていると、直接会ったりセックスしたりできなくても、心と心が繋がってる。スカイプを通して、何時間でも会話ができるっていい愛ですよね。

音楽でもマンガも、その辺の風景でも、恋愛相手と、感じ方が同じだったり、違ったりしていいんです。同じものを共有しているのに、「これってこうだよね?」と伝えたとき、相手と感じ方が違うと、最初はびっくりする。でも、別の視点が自分の中に入り込み、”自分の感情が広がる感じ”がしてくるんです。

教養という「ツール」

最初のレストランのカップルの話に戻ると、「ブラームス」そのものが大事なわけじゃないんですよね。「ブラームスをこんな風に感じる私なんです」と伝え、好きなことを通して、役割を飛び越えて「二人が繋がっていること」を確認することが大切なんです。

女性も男性も、「妻」や「夫」という役割をこなせば良い時代ではない。母でもあり、妻でもあり、職場では「部長」だったり「普通の社員」だったり、「店長」だったり「店員」だったりするわけです。あるいは友達の前では、ダラダラしたキャラだったりする。そんなゴチャゴチャといろんな顔を持つ人同士が繋がれるのって、「インテリ愛」を通してだな、と蒔野と洋子から学びました。

「焼肉とゴルフだけの人生」禁止。

僕は、新人ホストに配る「心得」に、「教養の強要」という文章を載せています。「30歳を過ぎて、いくらお金持ちになっても、焼肉とゴルフにしか興味なかったら誰も振り向きません」と書いています。

手塚さんが新人に配っている「ホストの心得」を書いた資料から抜粋

もちろんゴルフも焼肉も楽しいですよ。単なる例ですけど、お金を使って、大雑把でわかりやすいことだけをするのではなく、繊細な喜びを経験するってことも大事ってことです。「バラ」のようなホストクラブの定番の花だけではなく、道端の雑草みたいな花を見ても、喜べた方がいいですよね。

人が悲しいときに、100通りの悲しみを想像できる。人が嬉しいときに、100通りの嬉しさを共有できる。音楽や映画を通してそういうのを学ぶ。教養って結局のところ、感情の細かいところから荒いところまで、大雑把な感動から、誰も気づかない小さな感動まで、誰かと一緒に何かを感じ取れる幅を広げることだと思うんです。

恋愛は、役割を押し付けられると、離れたくなるものです。でも「インテリ愛」で人と繋がっていくと、恋愛が積み重なった人生の方が、幸せだと僕は思えてくるんですよね。

“本好き”のカリスマホストとして知られる手塚マキさん。新宿・歌舞伎町に書店「歌舞伎町ブックセンター」をオープンしました。

Twitterのハッシュタグ「 #ホストと読みたい本 」で、みなさんのオススメの本を募集します。集まったタイトルの一部は、手塚マキさんが経営する「歌舞伎町ブックセンター」に並ぶ予定です。

連載「カリスマホストの裏読書術」は原則、2週間に1回、日曜日に公開していきます。

過去の連載は下にまとめています。ぜひ読んでみてください。


Source: http://www.huffingtonpost.jp/feeds/japan/index.xml

Previous Post Next Post

You Might Also Like

No Comments

Leave a Reply