着工30年「小田急複々線」はこうして完成した

3月3日の早朝、新たに使用を開始した下北沢駅の地下1階ホームで開かれた複々線化完成の開通式(撮影:梅谷秀司)

小田急線の駅や車内のあちこちで見かける「3月17日、小田急は『新ダイヤ』へ」のポスター。朝ラッシュ時の列車を大幅に増発し、首都圏の主要路線ではワースト3位の192%(2016年度)の混雑率が150%台まで下がるという「新ダイヤ」のスタートが、あと2日後に迫った。

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その新ダイヤを支えるのは、ダイヤ改正に先立つこと2週間前の同月3日に全区間が完成した代々木上原―登戸間約11.7kmの複々線だ。「30年かかった大工事がやっと完成し、感慨深いものがある。本当に今日は感無量でございます」。同日の朝5時過ぎ、複々線完成にともなって使用を開始したばかりの真新しい下北沢駅の各駅停車用ホームで、小田急電鉄の星野晃司社長はこう述べた。

線路を上下2本ずつとし、各駅停車と急行などが別の線路を走れる複々線。小田急の複々線化計画は今をさかのぼること50余年、前回の東京オリンピック開催直後の1964年12月に代々木上原―喜多見間の立体交差・複々線化が都市計画決定されたのが始まりだ。

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だが、実際の工事は地下鉄千代田線との直通運転開始に合わせて1978年に代々木上原―東北沢間0.7kmが複々線化されたのを除けばなかなか進まなかった。今回完成した複々線化・連続立体交差化の事業区間である東北沢―和泉多摩川間10.4kmのうち、最初に工事が始まったのは喜多見―和泉多摩川間の2.4kmで、1989(平成元)年のこと。以来約29年、実に「平成」のほとんどを費やす工事となった。

最後の区間となったのは、高架化されたほかの区間と異なり地下式となった世田谷代田―東北沢間の1.6kmだ。同区間は2013年3月に従来の2本の線路をまず地下化。この線路を使いながらもう2本の線路を通すためのトンネル掘削を進め、昨年11月までにトンネル・線路を含めた工事がほぼ完成した。そしてこの3月3日、新しい2本の線路をすでに完成した区間とつなぐ工事を行い、ついに全区間の複々線化が完成した。

線路の切り替えは一晩で

3月3日午前1時過ぎ。世田谷代田駅に隣接する梅ヶ丘駅の高架ホーム上では、終電の発車後すぐに始まる線路の切り替え工事に備え、約200人の作業員が準備を始めていた。

上りの最終電車。外側の線路から中央にある線路に合流していく様子がわかる(撮影:梅谷秀司)

この日同駅の構内で行われたのは、東北沢―世田谷代田間に新たに完成した各駅停車用の線路「緩行線」を、すでに完成している梅ヶ丘駅までの緩行線につなぐ工事。和泉多摩川―梅ヶ丘駅間の複々線は、外側の2本が上下の緩行線、内側の2本が急行や特急の走る「急行線」だが、東北沢―世田谷代田間はこれまで急行線にあたる2本の線路しかなかったため、梅ヶ丘駅の構内にある分岐(ポイント)で緩行線を急行線に合流させる形となっていた。これを切り離し、既存の区間と新たに完成した区間の緩行線同士を接続するわけだ。

上り線は昨年のうちに線路を接続する作業が済んでいたため、この日特に大がかりな工事となったのは下り線側。これまで急行線につながっていた既存の緩行線の線路を切断し、約63mにわたって移動させたうえで、新たに完成した緩行線につなぎ変えるという作業だ。

下りの最終電車が出発後、線路の移設作業へと取り掛かる作業員ら(撮影:梅谷秀司)

午前1時07分に下りの最終電車が発車してしばらくすると、ホーム上で待機していた大勢の作業員が線路内へと降り、下り線の線路周辺にある袋を次々と撤去し始めた。袋の中身は、線路に敷かれているバラスト(砂利)。線路を移設する際、その場で砂利をかき集めたりすることなくスムーズに作業を進めるための工夫だ。その約5m上では、はしごに昇った作業員が架線の切り替え作業をほぼ同時進行で進めていく。

バーナーでレールを切断する様子(撮影:梅谷秀司)

中央に見える門型の機械が「レール山越器」。これでレールを吊り上げ水平移動させる(撮影:梅谷秀司)

終電が通過してから約30分後、1時40分過ぎにはレールの切断と移設がスタート。つい先ほどまで電車が走っていたレールはバーナーによってあっという間に切断され、レールを吊り上げて水平移動させる「レール山越器(やまこしき)」と呼ばれる道具によって1本10分ほどで移設が完了してしまった。

線路の移設は2本のレールに枕木が付いた状態のまま、大勢の作業員がバールなどを使って移動させる例が多いが、今回の場所はポイントに近い部分のため1本ずつ移設したという。

作業はスピーディーに進み、2時過ぎには線路の切り替えにともなって位置が変わる信号機の撤去も完了。上りホーム上に吊り下げられていた大きな信号機が取り外され、大がかりな作業のほとんどは2時半前にはほぼ終わった。小田急線の始発電車は梅ヶ丘駅の2つ隣にある経堂駅を4時48分に出発するため、一見すると余裕をもって作業が進められたようにも見える。

70トンの仮ホームを2時間で撤去

だが、実際に作業ができる時間は短い。「始発に備えて4時までにはすべての作業を終わらせないといけないので、土木工事が可能なのは3時半ごろまで。実質2時間です」と小田急電鉄複々線建設部の宮原賢一課長。このため、限られた時間内で確実に工事を終えるための手順を事前に整えてきたという。

東北沢駅で行われた仮設ホームの撤去作業(提供:小田急電鉄)

中でも特に入念な準備が行われたのは、「この日一番大がかりな作業」(宮原課長)だったという東北沢駅での工事だ。同駅は外側に急行線、内側に緩行線が通る構造で、ホームは緩行線に挟まれた「島式」だが、今回の工事が完成するまでは緩行線の線路を覆う形で仮のホームを設けていた。

全長165mにわたるホームの両側に設置した仮設ホームの資材は、重さにして合計約70トン。作業は約200人を動員し、撤去した資材運搬用の「軌陸車」を16台投入して作業を行ったが、これを限られた時間内で確実に行えるよう、仮設ホームを模した施設を地上につくって数回のシミュレーションを行い、解体作業の進め方などの検証を進めていたという。

この日、東北沢―世田谷代田間の工事に従事したのは約800人。梅ヶ丘駅での線路切り替えや東北沢駅の仮設ホーム撤去などといった大がかりな作業のほか、ホームの表示類の更新や新ホームへのエレベーター停止位置調整など、作業は多岐にわたった。

5時10分発、下りの一番列車が到着(撮影:梅谷秀司)

そして朝4時48分、始発の各駅停車新宿行きは経堂駅を定刻通り発車。4時54分には開通式の開かれている下北沢駅の新ホームに到着し、テープカットが行われる中、長い警笛とともに新宿方面へと出発した。

まだ下北沢駅の新駅舎整備など各種の工事は残っているものの、複々線化の線路に関する工事はこれで完了したことになる。計画以来約半世紀という一大プロジェクトの「最後の夜」は、こうして明けた。

人口減の時代に強みとなるか

昭和の高度成長期真っただ中に計画され、バブル経済のさなかに着工し、そして「平成」の終わりを目前に完成した複々線。1965年に約81万人だった1日平均の利用者数は、複々線化工事に着手した1989年には約185万人にまで伸びた。利用者数はその後も増え、現在は1日約203万人。今もラッシュ時の混雑率は首都圏の主要路線で3位、私鉄では2位で、複々線化の効果に期待する利用者は多い。

小田急線は首都圏の大手私鉄各線の中でも平均乗車距離が15.5km(2014年度「鉄道統計年報」)と長く、長距離利用者が多い。小田急は複々線化とこれに伴うダイヤ改正によって、ラッシュ時の郊外から都心への到達時間が短縮されることをアピールし「選ばれる沿線」を目指そうとしている。多摩ニュータウンと都心の間で競合する京王線との競争もさらに活発化しそうだ。

だが、郊外の人口が増え続けた時代は終わりに近づき、今後は人口減少が避けられない。国土交通省が2012年に公表したリポート(東京都市圏における鉄道沿線の動向と小田急小田原線沿線地域の予測 小田急小田原線沿線地域の予測・分析)では、2035年の小田急沿線の夜間人口は2005年比で5.3%、生産年齢人口は19.3%減少すると予想されている。将来的には、郊外で人口減が進むのは確実だ。

日本全体が右肩上がりの時代に計画、着工され、人口減少時代の入り口に完成した複々線。17日からの新ダイヤは、複々線が今後に向けた「強み」となるかどうかを占う試金石となる。

小佐野 景寿 : 東洋経済 記者)

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