【コラム】「今のプロレスはスゴい」と思うのに “あの頃” のように熱狂できないのは何故なのか? プロレスEDを真剣に考える

私、P.K.サンジュンと同じように「かつて死ぬほどプロレスにハマった人」にお伺いしたい。今でもあなたはプロレスが好きですか──? きっと多くの人は「好き」「まあ好き」「嫌いじゃない」と答えてくれると信じているが、私は今でもプロレスが好きである。だがしかし……。

当時のように「プロレスに熱狂しているか?」と問われれば、残念ながら「No」と答えざるを得ない。いまのプロレスは本当にすごいと思うし、プロレスラーの話題を目にすれば嬉しいのになぜ……。冷静に分析してみたところ、それには3つの理由があると思うのだ。

・生活の中心にはプロレスがあった

ざっと説明しておくと、私がプロレスにのめり込んだのは小学校高学年から高校生までの約7年で、90年代のいわゆる “活字プロレス” の全盛期であった。週刊プロレス・ゴング・ファイトの3誌を熟読し、録画した新日本プロレスと全日本プロレスを擦り切れるほど見る毎日。あの頃は生活の中心に間違いなくプロレスがあった。

馳浩との2ショット写真を宝物にし、長州力を本当の父親だと思い定め、斎藤文彦氏のコラムにときめく私は典型的なプロレス少年だったのだろう。そんな私もいつしかプロレス熱が冷め、試合そのものを観ることが無くなり20数年の時が過ぎた。

その間も決してプロレスが嫌いになったワケではないのだが、つい先日から本格的に「ワールドプロレスリング」を見始めて気付いたことがある。いまのプロレスは心底スゴイと思うし、プロレスラーもカッコいいのだが、あの頃のように熱狂できない自分がいるのだ──。これは一体どういうことなのだろう?

・なぜ熱狂できないのか?

1つにはおそらく「いまのプロレスについていけていない」というシンプルな問題があるハズだ。力道山に熱中していた人がいきなり猪木に夢中になれないのと同じで、プロレスの楽しみ方のブランクがあるのだろう。

プロレスは試合だけではなく、試合に至るプロセスやその後の小ネタにこそ醍醐味がある。これについては少々時間をかければ取り戻せる問題なのかもしれない。

2つ目はお恥ずかしい話なのだが、プロレスファン独特の「心の狭さ」が問題していると思う。かつてプロレスは “プロレス村” と称されるほどマニアックな世界であった。その環境で育った私は無意識のうちに「いまのプロレスは認められない」と思ってしまっているのかもしれない。

ただこれもしばらく今のプロレスを観ていれば少しずつ解消するハズだ。実際にいまリングではかつてないほど高度なプロレスが繰り広げられており「おお!」と思うことも少なくない。レスラーたちの熱き魂が私の冷めた心を熱くしてくれると確信している。

・最大の理由

そして3つ目はズバリ「最強幻想が崩壊したこと」だ。今ではプロレスの内情がほぼ明かされているものの、プロレスを知ったその日からとある時まで私は「プロレス最強説」を疑ったことが無かった。キング・オブ・スポーツ、それこそがプロレスだと信じていたのだ。

だが90年代末の格闘技ブームでその幻想は儚くも崩壊した。あれほど読み込んだ山本小鉄氏著の「最強は誰だ!」は現実ではなかったのだ。年齢を重ねるにつれ薄々気付いていたし、そのことでプロレスやプロレスラーを責める気は一切ない。

むしろ年間100試合以上をこなし、肉体をすり減らし続けるプロレスラーには尊敬の念を感じている。逃げずに受け切ることこそプロレスラーの凄みであり、命がけでリングに立っていることは他の格闘技と少しの違いもない。

……と頭ではわかっているものの、当時の私と現在の私を比べた時に「ピュアな気持ち」は大きく違う。プロレス人気に陰りが見え始め、グレイシー一族とともに到来した「格闘技ブーム」は、今でも私の心に暗い影を落としているのだろうか?

好きなように述べてきたが、今でもプロレスが好きだという気持ちは本物だし、全プロレスラーを尊敬している。後楽園ホールにでも足を運んで試合を観れば、かつての熱狂が取り戻せる……のかもしれない。

執筆:P.K.サンジュン
イラスト:マミヤ狂四郎
Photo:RocketNews24.


Source: Rocket news Japan

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